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11 五代目社長 アンソニー・オライリー

11 五代目社長 アンソニー・オライリー

ラグビーこそが偉大な家庭教師であり、最高のビジネス研修

ハインツに入社した直後の33歳当時のトニー・オライリー

バート・グーキンを継いで、1979年に若干43歳で5代目の社長になるアンソニー(トニー)・オライリーは、その活動に、よく世界クラスという形容詞が用いられました。新聞・雑誌は彼を世界クラスのスポーツマン、最高経営責任者(CEO)、新聞王、企業家と書きたてました。

オライリーが社長兼CEOに就任した当時、ハインツ社の時価総額は9億800万ドルでしたが、1989年末までに、株式の増発なしに90億ドルにまで膨らみました。

入社2年後に、ラグビーの試合で活躍するオライリー

オライリーは、ラグビーのブリティッシュ・ライオンズの最年少メンバーとして、19歳のときから世界を渡り歩いていました。つまり、小さな国のこの大男を世界の舞台へと導いたのはラグビーだったのです。それは彼に、国際的な生活とスターの地位がどのようなものかを教え、これに対する志向を植えつけました。それによってオライリーは、彼が「最も有名なビジネスマン」である母国アイルランドを深く愛しながらも、「別の世界で大試合に臨まなければならないこと」を理解していたのです。

後にハインツ社5代目社長のアンソニー(トニー)・オライリーは、1936年にアイルランド共和国のダブリン生まれた。陽気な母アイリーンと税関に勤める父ジョンの一人っ子として、溺愛されて育ちました。オライリー家は社交的で、いつもトニーの友達であふれていました。彼は自らの少年時代を「幸せな家庭から幸せな学校に通う、幸せな少年だった」と述べています。

彼が「幸せな学校」と呼んだのは6歳から18歳まで通ったイエズス会の男子校、ベルベデーレ・カレッジのことです。ここで彼はラグビーをはじめ、さまざまなスポーツや演技、歌唱、ピアノなどを学びました。特にラグビーでは在学中から国民的英雄になりつつあり、18歳でアイルランド代表に選ばれて各国を遠征。23歳のときにブリティッシュ・ライオンズのメンバーとしてニュージーランドとオーストラリアツアーで記録した得点は、今も破られていません。トニー・オライリーは日本のラグビーファンの間でも、伝説のプレイヤーとして知られているようです。

彼自身も「ラグビーこそが偉大な家庭教師であり、最高のビジネス研修だった。ラグビーを通して規律、チームワーク、敗北を受け入れること、美しく勝つこと、逆境から這い上がること、そして“桁外れに強力な圧力鍋”の中で生き残ることを学んだ」と言っています。

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